IE9ピン留め
言われたことしかやらない

皆さんに励ましをいただいたおかげで、ようやく重い腰を持ち上げる気になり、今朝EPFに行ってきました。担当部署の全員がミーティング中ということで、まずは空振りでしたが、まあスムーズに事が運ぶなどこれっぽっちも期待していなかったので、いいです。しかしそのまま帰るのも癪なので、カスタマーサービスカウンターで大まかな事情を話し、例のSTUPID LETTER の差出人の上司にあたる人の名前と電話番号を聞いてきました。アポを取って出なおすことにします。とりあえず第一歩は踏み出しました。ご声援ありがとうございます。

さて。

私の会社の女子用トイレは、マレーシアのオフィストイレットとしては、かなりハイスタンダードだと思います。オフィス自体が、一応市内ではポッシュなエリアのビル内にあり、清掃が行き届いているのに加え、使用者の大多数が私を含む「紙派(=中国系&先住民系の一部)」なのと、一応ある程度の頭脳を持っていないと勤まらない仕事なので、スタッフの標準常識レベルが高いこと、更に総務のオバチャンが目を光らせているので、便器や便座が汚れていることはまずないし、トイレットペーパーや石鹸が切れることも滅多にありません。

さてこのトイレには個室が2つついていて、そのうち1室にはマレーシアの「お約束」、水シャワーがついています。ドアの内側には、総務のオバチャン作の「床を濡らした人は必ずモップで拭いて下さい!!!」という、かなり目立つ赤い紙の注意書きがビシっ!と貼ってあるので、「アンチ紙派(=水派)」が使用した後でも、

 だけは乾いているのですが、

便座 は濡れています。

きっと、「床を濡らした人は必ずモップで拭いて下さい!!!」 とは別に、「便座を濡らした人は必ず紙で拭いて下さい!!!」 と言われなければわからないんでしょうね。「言われたこと しか やらない」マレー人の性質が非常によく表れています。妙に納得。

# by lat1n | 2006-06-22 13:22 | 仕事
もういい加減イヤだねこんな国

常々、私の実生活を少しでも知る方々には、「苦境を冗談にできるれべさんはすごい。」とお褒めの言葉をいただいております。ありがとうございます。別に全然すごかぁないんですが、冗談にできないほどの本当の苦労話は、ブログで無料公開してしまうには勿体ないので、手記として出版し大儲けする日のために、大事にしまってあるのです(爆)。


と、冗談を言ってる場合ではなくなりました。タイトルに書いたように、もーいい加減、今度という今度は、この国がイヤになりました。あまりにも馬鹿げた話で、どこからどう取っつけばよいのかわからず、ボーゼンとするばかりです。一応、ひとしきり怒ることは怒ったのですが、その後の行動を起こす気力、つまり戦闘体勢に入る士気が湧きません。思考が働きません。

というのも、先週突然、EPF(日本で言うと厚生省の年金局にあたるでしょうか)の副局長なる人物から、私には年金を納入する資格がないことが発覚したため、納入の申請は取り消し、今の会社に勤め始めてからの半年分の納入金は後に返還する、という一方的通告が来たのです。その理由というのが、

「私が2002年にマレーシアを離れた際、それまでの納入金全額を引き出したため。」

というのですが、私は年金を納め始めた2000年以来一度も、マレーシアを3週間以上離れたことはありませんし、2002年は丸々一年、クチンから出ませんでした。思い当たることといえば、その年のある日突然EPFから、「外国人には納入の必要がなくなったため返還します。」という簡単な説明書きつきの小切手が一方的に送られてきました。そこで初めて気づいて給与明細を見てみたら、確かに2ヶ月前からEPFのための減額がなくなっていました。(会社からは何の説明もありませんでした。)まあその時の年金制度では、納入を続けたところで、私のような外国人低額所得者の場合は、被雇用者の納入義務額が月収の9%であったのに対し、雇用者側はRM5(150円!!!)と、とんでもない差別があり、全く意味がなかったので、「そうか法律が変わったのか。」と、軽くその小切手を受け取りました。

そしてその後また法律が変わったらしく、被雇用者が納入を希望した場合、雇用者の納入は義務となりました。しかし職場からは、私の納入意志の再確認はなく、結局そのまま2005年に退職するまで当然のごとく私はEPFの納入を行いませんでした。

しかし昨年12月に今の会社に入って給料も上がり、会社側も納入を薦めてくれたので、私は月給の11%、会社は12%を今まで半年間払ってきました。この金額は私がマレーシアで50歳を迎えたとき、またはマレーシアから出ることになった時、更に年間4~5%の利子と、ボーナスつきで受け取ることができるはずでした。

今回の申請不許可によって、私は生涯年収十数%減に相当する大ダメージを受けることになるわけです。しかも取り消し理由は全くのでたらめであり、不当としか言いようがありません。私は2002年に、一方的な法律の変更により、一方的に送りつけられてきた返還額の受領を余儀なくされたわけで、私が「退去」したわけでも、「引き出し」たわけでもありません。それなのに、私は納入資格がなく、その後マレーシアに新たにやって来て働いている外国人には資格がある。これを不公正と言わず、何と言えるでしょうか。

私はこの不条理な通告を受け取ってすぐ、差出人に電話をしたのですが、当人は研修中で3週間戻らないと言われ、たらい回しの挙句、ようやくオフィサーの一人と話をしました。彼には、私の言い分、つまり私が「国外に出て」も、「引き出し」てもいないこと、つまり「システムエラー」により、通告内容に誤りがあったことが、すぐに理解できました。それなら話は早いだろうと私は、

1. 事実に反する、虚偽の理由に基づくこの通告は無効である。
2. 従って当然、私の申請が不許可になる理由はない。

ことを訴えたのですが、彼は、

「手紙の内容の間違いを指摘してくれたことには感謝する。」と言い、'It just doesn't make any sense!' という私の言に同意すらしつつも、

「法律で、一度引き出した者からは、自動的に再納入の権利は剥奪される。そう決まってるんだからどうしようもない。」と繰り返すのみでした。

私も、「こんな下っ端といくら話をしてもだめじゃ~。」と、それ以上食い下がることはしなかったのですが、今回の場合、私の専売特許、「マネージャーを出せ!」を使おうにも、差出人が副局長。その上の局長にまず抗議の手紙を出してもすぐに返事が来るとは思えない。平日に休暇を取って実際EPFに足を運んだところで、私の主張が簡単に通るとも思いがたい。結果的に通ったとしても、一体それまでに何ヶ月、何年かかることか。

今の会社のオーナーは、前職場のオーナーとは月とスッポンで、かなり物分りが良い、従業員思いな人たちなので、交渉すれば、会社が払うべきであった額を給料に上乗せしてもらうことも不可能ではないかも知れません。しかし仮にそれが叶ったとしても、将来国家から支払われるべき利子とボーナスは立ち消えになるわけです。今までのようにただ「外国人だから」、「涙を飲んで」、何事もなかったように仕事を続けて行くには、損失が多きすぎます。

というわけで、STUPID PEOPLE が仕切るこのSTUPID COUNTRY でこれからも暮らして行くことに、すっかり価値が見出せなくなってきています。

ビンさん、たかが名前のことで解決済みの件にいつまでも吼えてる場合じゃありません。(と、冗談を言ってみても空しくなるばかりです。。。)

# by lat1n | 2006-06-18 22:47 | 東マレーシアって
パン屋にて

長女がチョコマフィンが食べたいと言った。

マフィンの棚に行ったら、先客の中国系のオッサンがチョコマフィンを取っていたので、私はオッサンの斜め後ろに立って待った。

オッサンは、手ぶらなのに、なぜかまずトレイを棚のマフィンのかごの横に置き、右手で持った tongs で、かごからチョコマフィンを一つ取ってトレイに乗せた。

そしてちょっと考えてから、今度は tongs を右手に持ったまま、左手(素手)で もう一つのマフィンをつかんだ。

そしてトレイに乗せようとし、一瞬止まって手の中のマフィンを眺め、それを棚に戻した。

その時点で長女と私は 「ん?」 と思ったのだが、そのまま黙って観察した。

オッサンはしばし左手を、戻したマフィン上空で泳がせていたが、再度つかんでトレイに乗せ、それをまたかごに戻し、棚の前から立ち去ろうとした。

すかさず私は、

「Hey, hey!! 触ったんだから買わなきゃ!!」 と言った。

オッサンは無言で私をじーっと眺めていたが、観念して戻した2つ目のマフィンを自分のトレイに乗せ、ゆるゆるとその場を離れてレジに並び、恨めしそう~に私を見た。

私は、オッサンが再びマフィンの棚に戻ってこないように、無事にお金を払い終わるまで見届けた。

・・・

どうして私には、ただ黙ってオッサンが触らなかったマフィンを買うことができないのだろう。そんな自分は嫌いではないが、反面すごく面倒くさくもある。

でも日本で同じ事をやったらきっと、「うるせ~鬼ババア」と呼ばれていただろう。まだマレーシアでよかった。(笑)

# by lat1n | 2006-06-16 16:31 | 東マレーシアって
ビンさん

普段ほとんど見てなかったミクシィをなんとな~く眺めていたら、こんな記事に当たった。

送金先「ビンラーディン」関連疑い 手続き10日遅れる

記事アーカイブはそのうちリンク切れになるかもしれないので、全文引用↓。


志摩の外国人 郵政公社謝罪
 
三重県志摩市で英会話教室を経営するマレーシア人の男性(43)が、郵便局から本国の家族に送金しようとしたところ、受取人の父親や本人の名前に「ビン」が含まれていただけで、国際テロ組織アル・カーイダの指導者ウサマ・ビンラーディンの関係者の疑いがあるとして、手続きが10日も遅れていたことが6日、わかった。日本郵政公社は「無関係と確認するのに時間がかかった。申し訳ない」と謝罪しているが、男性は「過去2年間、同様に送金してきたが問題はなかった。納得できない」と、同公社側の対応を批判している。

男性は5月25日、同市内の郵便局から、本国に住む父親に国際郵便為替で送金する手続きをとった。ところが、今月2日になって郵便局から、送金手続きを中断するとの連絡があった。同公社の事務センターが「受取人がテロリスト関係者の疑いがある」と判断したのが理由という。

3日後の5日、テロ組織と無関係と分かり、送金手続きが進められたが、男性は、「ビンは息子を意味し、よくある名前。日本郵政公社は問題の重大性を理解していない」と憤っている。

外為法の規定で、国連安全保障理事会がテロリストと関係があるとして資産凍結などの経済制裁を決議した世界500の団体、個人については、財務相の許可がなければ送金できない。各金融機関は、財務省の要請で、国連が作成したリストに基づき、送金先や口座などをチェックしており、同公社貯金事業本部は「一か所でも同じ場合は調査するようにしている。今回は確認に時間がかかり、手続きが遅れた」としている。

(2006年6月7日 読売新聞)


ふむ。

この男性が言うように、「ビン=bin」とは「~の息子」のことで、マレーシアやアラブのムスリム男性の名前の多くにはこの「ビン」がついている。(中国やインドンシアなどでは必ずしもそうではないらしい。)ムスリムの名前にはいわゆる名字がなく、一般的には「自分の名前+bin+父親の名前」という構成になっている。例えば「オサマ・ビン・ラディン」は、「ラディンの息子のオサマ」であって、「ビンラディン氏」ではない。そして本当に「ビン」の一致だけで疑おうとすれば、マハティール・ビン・モハマッド前首相や、マツムラさんのだんなさんを含め、世界中の億単位のムスリム男性が対象になるのだ。それを一々テロ関係者か否かチェックしなければならないのなら、今後一切、ムスリム男性に郵便物や送金が届くことはない。

しかし当然、国連安全保障理事会&財務省が数億人のビンさんをターゲットにしているはずはないので、ここはやはり知識の足りなかった郵政公社貯金事業部とやらの「勇み足」ということになるのだろう。迷惑を被った利用者としては、苦情を言いたくもなるかもしれない。特にこの場合はお金がらみだし、息子からの送金が待てどくらせど来なかったお父さんには、気の毒な話ではある。

でも考えてみたら、オサマのことを世界中のメディアが「ビンラディン」と呼ぶ中にあって、ムスリム名の構造を非ムスリム国の一地方の郵便局員が知っていたら、その方がよっぽど驚きなわけで、「おいっ! この宛先ビンだとよ! やべ~よやべ~よぉ、送金中止!」 となったところで、格別あり得ない話でもないのではないだろうか。

中央郵便局のしかるべき部署までに、ただ一人として「ビン」の意味を知る者がいなかったとしたら確かに問題アリだし、送金者から確認の問い合わせを受けた時点で「受取人がテロリストの疑いがありますので送金できません。」と回答してしまったのなら、それは大バカとしか言いようがないけど。

それよりも私には、この男性が、「テロリストの疑いをかけられた侮辱」と称して、在日マレーシア大使館経由で郵政公社に公式謝罪させ、なおかつ小泉総理宛に抗議文書まで出したことの方がよほど驚きだ。

今のところこの事件に関しては、「それはひどい」「おそまつすぎる」などと、同情&賛同する声ばかりが上がっているようだが、ちょ、ちょっと待ってよ。。。

この男性は「国際郵便を扱う職員がマレーシア人の名前のシステムを知らないのは勉強不足。」と憤慨しているが、ちょっとそれはdemanding というか、郵便がまともに届かないことも多いお国のこと棚にあげていやしないか。この程度の無知はお国では郵便局に限らず当たり前であって、笑い話にすらならないこと、そしてお国には「システム」と呼ばれるものは存在しないに等しい、ということをすっかり忘れてしまったのかい・・・だとしたらこの人は一生マレーシアには戻って来ないほうがいいだろう。胃潰瘍で済めばいいけど、きっと精神に破綻をきたすことになる。

ところで肝心の純ちゃんご自身が、現時点で「マレーシア人の名前のシステム」をご存知かどうかは興味深いところなので、続報を期待したい。


# by lat1n | 2006-06-09 07:59 | 雑談
初通信簿

小学校1年生の長女がもらった初通信簿。


通信簿は、日本のように「子供がもらってくる」のではなくて、「親が取りに行く」のだということを初めて知りました。面倒といえば面倒ですが、取りに行くついでに先生と簡単な面談があるので、私のように通信簿の内容が読めないダメ親には有難いかもしれません。(笑)

日本の通信簿と違って、ABC評価のほかに、各教科のテストの点数がそのまま載っています。更に、クラスでの順位(赤●のところ)まで記録されていて、ちょっと驚き。順位は通信簿には必要ないと思いますがどうでしょう。

でも、こんなに小さいうちから順位に対する免疫が出来てしまったおかげで、競争心がないのかも、マレーシア人。(笑) 
# by lat1n | 2006-05-30 00:35 | 東マレーシアって
占い

中学生位の時、楠田絵里子さんが「徹子の部屋」で、「誕生日の星座で占う占星術はちっともあてになりませんよ~。星の軌道は少しずつずれて行きますから、自分が生まれた時の星座はいつまでもずっと同じ位置にあるわけではないんですね~。」 というようなことを言っているのを見てから、私は基本的には占いは信じない人になっている。

しかし、手相や顔相には何かしらの暗示が出ているのではないかとは思う。手相は一度は見てもらいたいと思う反面、私の左手の生命線は手のひらの真ん中で突然終わっているので、「あなたの命は今年いっぱいです。」などと言われても困るなあ、、、と躊躇しないこともない。

顔相については、一度だけ、大当たりがあった。正確に言うと占い師ではなくて風水専門家。

その昔、香港の職場でスタッフの病気やら怪我やらが続いた時に、上司が風水の先生を呼んだ。メインエントランスの正面に据えられていたデスクの位置がよくないとか、花瓶がどうとかいう風水診断に便乗して、セクションのメンバーそれぞれの運勢まで聞いた。結構な人数がいたから、多分あれは別チャージだったはずだけど、まとめて会社払いになってたのだろう(笑)。あらかじめ全員の生年月日を渡しておいた上で、本人の顔相と合わせて見てもらい、それぞれが今のカレシと結婚するのか、私は玉の輿に乗れるのか、などなど、他愛もない質問を浴びせていた。

私の番になると、風水師は、まず私の顔をじっと見て、こう言った。

「10歳のときに不幸なことがあったでしょう。」

ピンポーン! 10歳といえば、いろいろと、子供ながらにかなりヘビーな年だった。9歳でも、11歳でもない、10歳。

占いといえばいい加減な未来予想だと思っていた私は、いきなり過去を当てられてかなり驚いた。未来についてはそれこそどんなハッタリでも言えるが、過去はそうは行かない。なぜそれがわかったのかというと、過去の不幸は私の耳にその形を残しているそうだ。

続いて彼は、私の生年月日を確認してから、手持ちの本をパラパラめくり、

1)私は日本には帰らない
2)親とは一生仲良くはならない
3)35歳以前に結婚するとろくなことがない

と言った。

1と2については、なんとなく自分でも予想はしていたし、今のところその通りになっているし、多分これからもそうかなとも思う。しかし3については、「そ、、、そんな先まで待てないよ~。」と無理やり否定し、それより早く結婚してしまった。そして言われた通りにしなかったことをずっと悔やんでいる。 ||||||(_ _。)ブルー|||||  過去を当てることができたんだから、未来だってきっと当たってただろうに。。。

過去がわかる占い師に遭遇したら、予言も信じてみて損はないかも~。
# by lat1n | 2006-05-17 23:38 | 回想
母の日@夫の実家

ホホホ。お待ちかねの続編でございます。小ネタですけど。

目は手術後ちゃんと見えるようになりましたが、料理の熱や蒸気にあたることを医者に止められているため、義母は台所には立てないので、毎日の料理は兄&嫁たちが交代でやっているそうです。やればできるんじゃん。(やってるのは料理だけみたいですけどね。とりあえず食わないわけにはいかないでしょうから。)

そして昨夜は母の日のお祝いに、兄・嫁たちが腕をふるいました。日本じゃあんまりないでしょうけど、こちらでは母の日には家族全員での会食が普通です。

メニューは、集まりごとになると母が作る定番料理とまったく同じ。

・潮州風蒸し魚
・あひるの塩漬け野菜煮
・魚の浮き袋スープ
・鶏肉のカチャマ(白酒&ハーブ煮)
・豚バラ肉の醤油煮
・スモークドダック
・子エビのフライ
・豆腐のそぼろ肉がけ
・ミックスベジ   etc. etc…

いつもの中華オンパレード。味もおんなじ。といっても私には食べられないものが半分くらいありますけど。やればできるんじゃん。

さてそれはさておき。

食事中、私が、目の前の魚料理の皿に止まった蝿を手で払ったところ、汁に足を浸して重くなったのか、蝿は床に着地。それを見ていた義母は、おもむろに床にしゃがみ込み、

蝿を指でつまもうとしました。

・・・・・

しかしうまくつまめなかったため、今度は

蝿を手のひらでたたいてつぶしました。

・・・・・

ア~レ~


す、すぐそこに蝿たたきがぶらさがってるのに。。。

硬直した私は箸を止めたまま、義母の動きをじっと観察。

蝿をつぶした手は、水で「チャッチャッ」とすすいで、おしまい。

・・・・・

これで、夫が蝿を手で殺せる理由がわかりました。
# by lat1n | 2006-05-15 14:20 | ファミリー
マレーシアン・チャイニーズの中国語

この地域の中国系には福建・潮州・客家・広東・海南etc.etc...いくつもの中国南部の方言プラス普通話を喋り、それを誇りにしている人が多い。「僕は○語と○語と○語と○語を話すんだ。」と言われると、大概の日本人は「ほお~それはすごい!」と感心するのだが、もともとこのあたりにはそれらの地方からの移民が混在しているので、飛び交う様々な方言を自然に覚えるのは当たり前だし、私に言わせればそれは熊本弁と鹿児島弁と大分弁と博多弁と、ちょっと離れて山口弁プラス標準語が喋れるようもので、威張るほどのことじゃないではないか、といつもいつも思ってしまう。まあそういう私は日本語は東京弁しか喋れないので、偉そうに言えた立場じゃないのだが。ついでだが、これだけ多くの「言語」を喋れるのが得意なくせに、言葉が通じない国(つまりインドネシアを除く非中国語圏と非英語圏)以外には絶対に個人旅行では行けない臆病な性質はかなり情けない。

夫の場合は以上の中国語5方言+普通話に加えて、英語、マレー語も話すのだが、まともに読み書きが出来るものは一つもない。これもマレーシア人には珍しいことではないのだが、どの言葉も、会話のレベルと読み書きのレベルがかけ離れている。正確に言うと、「読み」のレベルと「書き」のレベルもまた相当に差がある。夫は中華小学校に6年間通い、中・高は英語(夫はマハティールのマレー語政策以前のジェネレーションに属する。)で教育を受けたので、どちらも中途半端。マレー語はブロークンでも一応会話はできるが、新聞はおろか長女が学校からもらって来る手紙も一行も読めない。中国語は新聞はまずまず読めるのに、何か書かせてみると間違っていることがほとんどだし、一番得意と思われる英語は新聞は読めるが、彼が作成した文書は小学生レベルである。彼は去年までは殆ど口だけで仕事をしてきたセールスマンだったのだが、今年から役職についてしまい、突然オフィスでペーパーワークな人になってしまったので、かなり苦戦している様子である。ちなみに彼は学校を卒業して以来、一度も本を読んだことがない。それを知った時は、驚きを通り越して、信じられなかった。

ところで。

ある日、私が日本語の本を読んでいると、知り合いのチャイニーズが私の本を見て、「それは日本語なのか?中国語みたいじゃないか。」と言った。

マレーシアン・チャイニーズのほとんどは、日本人が中国伝来の漢字を読み書きに使用していることを知らないので、こういうことを聞かれるのは日常茶飯事。日本語は漢字とひらがなとカタカナの3種類の文字を表記に使うのだ、という私の説明をフンフンと聞いていた彼は自慢気にこう言った。

「それを考えるとさ、中国語っていうのはすばらしい(彼は'amazing'という単語を使った)と思わないか?マンダリン(普通話)も、福建語、潮州語、客家、福州、広東、、、全然違う言葉が同じ文字で表せるんだから!」

つまり彼の認識によれば、方言は、一つの中国語の変化形ではなく、全て「異なった」言葉で、漢字はそれらの全く違う言葉を都合よく表せる、ミラクル文字なのだ。

ぎゃ、、、逆じゃないんすか、それ。

この話を夫にしたら、さすがに大笑いして「バカだなあ、誰だよそれ。」と聞くので、「あんたの友だちのKだよ。」と教えてやったら絶句していた。

# by lat1n | 2006-05-06 18:46 | 東マレーシアって
ちょっとかわいかった話

本当はコドモ語録の方に収録したいんだけど、今日は発言者が他所の子なもんで。


友人の息子、ジュリアン(7歳)&クリスチャン(5歳)兄弟。うちの娘達と一緒で、上はセンシティブで泣き虫、下は豪快ガハガハな性質である。

昨日、家の外で4人で遊んでいたところ、なにやら口論となり、ジュリアンが弟を突き飛ばした。負けずにクリスチャンは兄を押し返した。

すかさず3歳の次女が止めに入った。’Don't fight!' (けんかしちゃだめだよ!)

6歳の長女が後を継いだ。 'Julian, you're bigger than him, you know?' (ジュリアン、あんたの方が大きいでしょ!)

するとクリスチャンが胸を張って対抗した。'But I'm FATTER than him!' (でも僕の方がってるよ!)


そうだクリスチャン!太った男は強いんだ! (≧∇≦)ノ彡 バンバン!


# by lat1n | 2006-05-04 22:53 | 雑談
カルチャーショック初級編 タパオ(打包)

上級者編を出しておいてから戻るのもなんですが、話のついでに。

今日のお昼ごはん。何でしょう。


マレーシアのテイクアウェイ(打包=マレー語ではブンクス)フードは、ピクニック用、または食器を持たない人の非常食用ではなく、家で料理をしない人のためにあるらしいです。

チキンライスやカレーライス、ナシチャンプル(経済飯=ご飯にいろいろなおかずを選んで乗せる)などのご飯モノは、だいたい6:4の割で発泡スチロールの箱に入っています。そうでなければ、ビニールシートにぐるぐるっと包まれています。シートをほどいた時の様相は、

ドッグフード
そのものです。

余談ですが、ドッグフードといえば、昔よく夕飯を食べに行っていたコピティアムに、やはりよく来ていた日本人駐在員がいたのですが、このお方、私らが食べているのと同じチャーハンを、いつも「犬用に」テイクアウェイなさっていました。お犬様お犬様、私ら貧乏人など、あなた様のお足元にも及びませぬ。ハハーッ。

思わず脱線しましたが、テイクアウェイフード、「ください。」と言わない限り箸やスプーンはついて来ません。「ください。」と言っても、ないものはもらえない、ということもあります。もしかするとKLなどの忙しい人が多い大都市では、ちゃんと「買ってすぐ食べられる」ようになっているかも知れません。

そして熱々の汁物やお粥になるとまちがいなく、このようにビニール袋に入っています。飲物もしかり。さすがに麺を汁に入れてしまうと伸びきってしまうので、スープぶっかけ麺の場合は分けて入れてくれます。

私はこの汁を、家に帰ってビニール袋からどんぶりに空ける作業が苦手で、多くの場合、

「どばーっ!」「おおおーっ!」「うわっぢっちー!」

なことになってしまいます。

今日はうまくできたぞ。いただきま~す。

ラクサ

# by lat1n | 2006-04-30 23:17 | B級食
カルチャーショック!

KLのマツムラさんの、「マレーシアに来て一番のカルチャーショックは何だったか」という記事、面白いネタだなあと思ったので、「もらって行きます。」とコメントしたのですが、それからいくら考えても、イマイチ「これだ!」というショックに思い当たりませんでした。もちろんクチンに来たばかりの頃を回想してみれば、食事と一緒に酒を飲む人がいなかったり、テイクアウェイの熱々のコーヒーがビニール袋に入っていたり、知り合ったばかりの人に毎度毎度「給料いくら?」と聞かれたり、まあそんなことに一々驚いていたのですが、伊達に12年も住んでしまうと、何事も新鮮ではなくなって、ちょっとやそっとの事象には驚かなくなります。

最近珍しく受けたショックといえば、夫の実家には一人用スープ椀というものが存在せず、大椀によそられたスープに、各人が自分のスプーンを突っ込んですくって飲んでいる、また、水を飲んだ後のコップは洗わず軽く振っただけで棚に戻されている、こと位ですか。もしも1人が肝炎にかかったらたちまち全員が感染するわけですね。南無阿弥陀仏。

ところでカルチャーショックといえば、TIMES出版が出している 「Culture Shock!シリーズ」という本があリます。私はボルネオ編しか読んでいませんが、ボルネオの各民族の文化が面白おかしく、しかし各文化への適度な尊敬を保ったまま、品のある文体で紹介されていて、なかなか良い本です。とてもわかりやすい英語で書かれているので、ボルネオ島に興味のある方、これから生活する予定のある方は、是非一度この本を読んでみることをお勧めします。ボルネオに既に何年かお住まいの方のためには、「ここが違うよボルネオ式英会話用例集」のコーナーもありますので、ご自分が慣れ親しんだ英語が正しいものなのか、それともここを出たら誰もに「ハァ?」と言われてしまうのか、一度確認してみましょう(爆)。私がこの本を買ったのが94年。最近ふと読み返してみたのですが、初版の出た88年から20年近く経った今日、唯一内容が古く感じられるのはインターネットや衛星放送について触れていないというだけで、ボルネオ島住民の生活スタイルも精神構造も、20年の間に全く変わっていないのだなあ、ということがよくわかりました。

ちなみにこのCulture Shock! シリーズには Japan編もあるようです。日本が訪問者にどんなカルチャーショックを与えているのか、ちょっと読んでみたい気がします。

さてそんな私にも、あまりに経験頻度が高いために既にショックと呼ぶことはできないものの、マレーシア生活において、どうしても慣れることができない点があります。それは、マレー人&先住民族の、カスタマーサービスレベル&トラブルシューティング能力の低さ。も~これだけはどうしようもなく、奴らが相手では、かの有名なカスタマーサービス・コンサルタント、Ron Kaufmanさんも両手を挙げて降参するのではないか、と思われます。私がクチンで過去に経験した「口あんぐり」な事件を一つ一つご報告しようとすれば、Exciteブログの容量30MBでは足りないかもしれません。

とにかく、

・自分の過ちのおかげで客が怒った時、絶対に謝らない。
・自分の容量不足の脳ミソではとても処理できないかわりに、客に自分の過ちの尻拭いをさせようとする。
・自分らの不手際のせいで、客が自分らとのくだらないやりとりに貴重な時間を無駄にしているという認識が皆無である。

これでも、事をうまく収める能力が適度に備わっているマネージャーでもいればよいのですが、多くの場合、

・シャシャリ出てくるスーパーバーザーが、客の言い分を聞く前に、全面的にアホスタッフの言い分を信じて、客を悪者と決めてかかる。
・脳みそを1mgも使えば簡単に解決できることを、「それはシステム上不可能。」と言い切って拒絶する。

こんなことの繰り返しです。自分が暇なとき&機嫌の良い時に限っては、相手の間違いを指摘した上で、「無料カスタマーサービス講座・初級編スペシャル by れべ」を披露し、結果は自分が必要とするサービスを得て、万事○くおさまるのですが、私とてそうそういつも暇なわけではありません。そうなると、

・こちらはただあきれ果て、2度とその店に行かないことを決意する。

と、なります。これで明日から、自分の家にいちばん近いシェルのガソリンスタンドに2度と行かないことが決定しました。ちなみに2番目に近いペトロナススタンドには3ヶ月ほど前に三行半を渡してあります。お気に入りのブランドの靴は、会社のすぐ下のモールにある店ではなく、わざわざ町外れの支店で買います。ああどんどん不便になってゆくなぁ。

こんな自分、マレーシアで暮らして行くにはつくづく損な性格なのはわかってるんですが。。。

# by lat1n | 2006-04-29 18:19 | 東マレーシアって
夫の実家 終章(神のみぞ知る)

毎朝、娘を連れて行っても、誰も起きていない家に朝食の支度などあるはずもなく、義母の食べるビスケットと白粥以外には何もなさそうなので、毎日麺やら饅頭やらロティチャナイやら、朝ごはんを持参しました。しかし子供の分だけでは悪いかなと、あと3、4人分余分に。(私は全員分を買うほどの善人ではないのであしからず。食いそびれるまで寝てる方が悪いのだ。)砂糖不足のこの頃、コーヒーを淹れたいのに近所のスーパーで砂糖を売ってもらえなかったとこぼす義母のために、砂糖を探しにも行きました。トイレットペーパーが3日間切れていても、だ~れも買いにいかないから、私が買いました。(ムスリムじゃないからトイレに水ホースもついてないのに、あんたらは一体どうやって3日間ケ○を拭いていたのだ。。。)

そうして2週間ほど経ったある日、午後6時に迎えに行ってみると、次女が朝8時に送っていった時のままのパジャマ姿でした。
w( ̄Д ̄;)w

母曰く: 「一日中寝てたんだよ。」 (子供が一日中寝てたら病気じゃないですか。)
兄3曰く: 「朝寝て、昼メシ食ってまたずっと寝たよ。」 (それでも病気じゃないですか。)
兄4曰く: 「いんや寝てたのは11時から2時くらいまでだよ。それから起きて昼メシ食ったよ。」

一体こういう時、誰を信じたらよいのでしょう。神のみぞ知る、でしょうか。

私: (兄4に問う) 「ヨメは?」
兄4: 「寝てる。」 
私: 「具合悪いの?」
兄4: 「さあ?」

さあって、、、誰のヨメよ。。。 ∑( ̄Д ̄;)

この頃から、この4嫁は毎日、頭が痛いだのダルイだのと言い訳をつけては、娘達の世話を放棄。そしてこの女には自分が出来ない(やらない)からといって、別の人に自分の仕事を頼む、というような責任感なんてひとかけらもないので、娘達は野放図状態。さすがに見かねた義母が水浴びはさせてくれた様子。(しかし1日1度、どろどろ汗みどろになった夕方だけ。)そして4嫁は、同胞が迎えに来れば、15cmほどの厚みがある腹の肉を15cmほど覗かせたセクシィないで立ちに、厚底靴(ってまだ売ってたのか。)を履いて嬉々として出かけてゆく。。。どこが悪いって?

脳みそがすっかり溶けている人間に何を言っても無駄なので、私も問いただすことはせず、申し訳ないながらも最後の砦、義母にそのまま最低限の世話だけを頼み、あとは娘達の独立性に賭けることにしました。

フィリピン人が多く生息するサバ州在住の人が、こんなことを言っていましたっけ。

「フィリピン人は、優しいし世話好きで、老人介護や子供の世話には持ってこいなんだけどね~。金見せちゃうと、ダメなんだよね。とたんに働かなくなるの。」

前金でシッター料を払った私がバカだったヨヨヨ。はじめに払っておけば気分よくやってもらえると思ってたんだけどね。。。

そうこうしているうちに幼稚園&ナースリー再開。ああよかった~。お待ちしていました~。

と同時に、義母が急に網膜の手術をすることに。最後の日に娘達を迎えに行くと、再検査に行って来た母は、検査に使った点眼薬が痛かったと言って、横になっていました。母がご飯を作れなければ、誰もご飯のことを口にしない。兄3家族と、兄5嫁+子供達はそれぞれの車で外食に出かけましたが、出かける前に、母に、何か買って来てほしいか、何か食べたいものはあるか、などと聞く者はおらず。

「何か買って来ようか?」義母に聞いている私に、ヨメに取り残されてサミシク飢える兄5がすかさず、「俺、ビーフン!」

あんたのことなんか聞いちゃいねえよおお~~!

ちなみにこの兄5、前日に私がその間違いに気づくまで、病院からもらってきた「糖尿病に良い食べもの」リストに載っていた 'tomato'を、'potato'だと思って、「ポテトをたっぷり乗せたパン」を一生懸命食べていたそうです。おめでとう。

さて、80歳の母が働けない術後2週間、そして治癒後、この家はどうなっているのでしょうか。楽しみです。

おっと!大事なオチを忘れるところだった。どうにかこうにかこの家で1ヶ月を無事に過ごした、、、と思われた我が娘たち。最後の最後に、アタマジラミのお土産をまたもらってきました(涙)。まあシラミ程度で済んでよかったか。。。


ひとまず、おわり。

# by lat1n | 2006-04-21 14:30 | ファミリー
夫の実家 その3(麻雀と干ダコとムームーの問題)


書き出したら思いがけず長くなってきたので、過去2回分にもさかのぼってタイトルをつけてみました。

さて。

いくら無職とは言っても、何がしかの稼ぎがないことには水も飲めないではないか、と不思議に思われる方々へ。無職の兄たちにも、一応の収入源はあります。

(マレーシアに失業保険なるものがあるのかどうかは知りませんが、たぶんないと思います。あったとしても彼らは誰もサラリーマンをやったことがないので、交付はあり得ません。)

それは家族麻雀です。例年は旧正月前後2ヶ月ほどの期間限定で行われる麻雀ですが、去年の8月の義父のお通夜の晩に、故人を一人きりにしておいてはいけないという中国的習慣にかこつけて始まったものが、現在4月まで続いているとか。旧正の間はいろいろな訪問者が入れ替わり立ち代わりのプレイでしたが、現在のメンバーは、

1. 隣に住んでいる、役所を定年退職した姉またはその夫
2. BBQ屋の兄3 または 便利屋の兄6
3. 無職の兄4
4. 無職の兄5

です。

1席に座るのは姉夫婦の他に、やはり定年退職して花屋を営んでいる長兄だったり、母の弟だったりします。もうおわかりでしょうが、4人のプレイヤーの中で唯一小金を持っているのは、1席のプレイヤーだけ。つまりその小金持ちが大負けしない限り、あとの3人は各自のわずかな所持金をただぐるぐるロテートしているだけなのです。今日勝っても明日は同じ相手に負ける、毎日がその繰り返し。それでも飽きない麻雀ってそんなにステキなものなんでしょうか。そして今日の僕の勝ち分は僕のもの。明日の君の勝ち分は君のもの。それは翌日の軍資金を残してビールと煙草代に消え、母や子供たちに還元されることはないでしょう。

さてさて。

兄5は、基本的には悪い人間ではないと思うのですが、なぜか何をやらせても長続きしない根性無しのくせに、頭でっかちで屁理屈をこねるのが好きな性質のために、無職歴が数年に及んでいます。しかも悪いことにビールの飲みすぎで糖尿病を患って昨年あたりから激ヤセし、185cmくらいはある長身の彼の、現在の推定体重は45kg程度と見受けられます。彼が玄関先に立つ姿は、そうですねえ、軒先から吊るされた干しダコってとこでしょうか。

その嫁は逆に、家族が陰で「ドラム缶」と仇名する巨体。いつも着ている「ムームー」がすごく似合います。しかしその体型に似合わない猫なで声の舌っ足らずな喋り方は、非常に妙です。ちなみに現在の彼女の髪の色は紫です。どうでもいいか。いやよくないよあの紫色は。白髪目立つし。

体型的にはかなりイケてるコンビなのですが、この2人、ほとんど口をきかないか、口をきくときは必ず口論しています。まあそれは夫と私も一緒なのでありがちな夫婦の事象と言えないこともないですが、その口論の原因がいつも同じで、車のことなのです。

(ここから先は福建語の口論の内容がよくわからない私のために、兄3の嫁が教えてくれた、聞き書きです。)

この2人は一台の軽自動車を共有しているのですが、嫁が好きなときに車で出かけてしまうのが兄の気に入らないらしい。私に言わせれば、無職の兄にはどうせ行くところもないんだし、出かけようと思ったら迎えに来てくれる兄弟や友達はいくらでもいるんだから、嫁が車を使って買物に行ったり、年とった実母に会いに行くのは当然だと思うのですが、兄は、「これはオレの車だ。」と言い張ります。オレのって言ったって、名義がそうなってるだけで、実際のローンの支払いは事務員をしている嫁の給料からなのに~。

何より兄は、嫁が毎日通勤に車を使うために、一日中自分の足がなくなってしまうのが気に入らないらしいのです。それなら誰もがやっているように、自分が早起きして仕事に行く者を送り迎えするのが筋だろうと思うんですが、彼は昼まで寝ていて、自分が出かけたくなったら嫁のオフィスに電話して、車を持ってこいと頼みます。しかしそんな都合の良い兄の言うことをハイハイと聞く嫁ではなく(アタシだって絶対嫌だよそんなの。)、結局5時過ぎの嫁の終業時刻まで家にカンヅメとなった兄の機嫌はますます悪くなるというわけです。

あ。この嫁の勤務先は、家から徒歩3分です。 ヘ(。□°)ヘ エッ??

そして兄は、「糖尿病治療のために、毎夕45分のジョギングを欠かさないんだ!」と自慢気に語っていました。
ヘ(。□°)ヘ エッ??

  
いつまで続くかな。でもまだ続く。
# by lat1n | 2006-04-20 23:43 | ファミリー
夫の実家 その2(フィリピン嫁の謎)

さて娘たちを預けるにあたり、まず「一体誰に世話を頼もうか。」と考えました。

うちの娘たちは、奇声をあげて家中走り回っては物を破壊したり、高いところからやたらと飛び降りては怪我をするようなオサル達ではないので、一日中そのおしりを追い回す必要はありません。長女はやれやれとうるわく言わずとも宿題はやるし、次女は眠くなればひとりでコロリと横になって寝てしまいます。生まれた時からずっとナースリーで育ってきたせいでしょうが、要するにあまり手がかからない子供達です。とは言えまだ6歳と3歳の子供は子供。ご飯をきちんと食べ、食べたら歯をみがき、汗をかいたらシャワーを浴び、トイレの後には忘れず手を洗う、といった、ベーシックなけじめをつけてやる大人はまだ必要です。

しかしこの家にはこんなに無職の人間がゴロゴロしているのに、そのうち1人として、安心して子供を任せられそうな人間がいない。というのもそのうち誰一人として、昼前に起きることはないからです。

80歳の母に押し付けるのは常識的に考えて問題外と判断し、まずはこの家からは離れて暮らす兄6(職業・便利屋)の内縁の妻(無職)に通いシッターを頼んだのですが、初日からいきなりバックレ(怒)。

BBQ屋の兄3も、夕方仕事に行くまでは適度にブラブラしているのですが、彼には小豆島のサルも真っ青な魔の3歳男児がいます。かつ彼は最近子供が買ってきたゲーム(PC3なんていう上等なものではなくて、そのヘンの駄菓子屋で売ってるようなやつ。)に夢中で、サルの世話は80歳の母に任せっきりで、起きている時間のほとんどは一人でピコピコ、ゲームをしています。使えません。

次なる頼りは無職の兄4。この男、かなりの強面ではありますが、私が車を持ってなかったときにはいつも子供達のお迎えを頼んでいたし、よくアメを買ってくれるので子供たちも結構なついています。

しかし予想通り、

「嫁に頼んでみなよ。」と言われました。まあ当然そう来るでしょう。あんたも無職ですがそのあんたの嫁も無職、24時間自由の身なんですから。

なんだ、適任がいるじゃないか~、と思うなかれ。

この4嫁(フィリピン人)、フシギ家族の中でももっとも正体不明。一体何を考えて生きているのか全く理解不能な女なのです。というのも、彼女の姿が見えるのは、

・昼過ぎに起きて、母が作った昼飯を食う。
・母が作った夕飯を食う。

時だけで、あとはず~~~っと2階の部屋にこもっているのです。別に体のどこかが悪いとか、精神異常者とかいうわけじゃなく、至って健康、丸々太ってます。要するに「人間なろうと思えばここまで怠慢になれる。」の見本そのものです。今風にいうと引きこもり、ってやつなのかもしれません。ついでに、「お母さんの料理は口に合わないから、食べられないことも多いの。」と抜かしたりします。なら食うな~っ!自分で作れ~っ!

この女、一日中母とひとつ屋根の下にいるくせに、母とは一言も口をききません。本人に言わせると、母は福建語とマレー語しかできず、自分はタガログ語と英語しか喋れないから話しようがない、というのですが、それを言うなら私だって同じです。それに、あんたの夫を含むこの家の母以外の住人は全員、あんたが喋る以上の英語は喋るんだから、通訳してもらうことだってできるし、第一口を閉じたままでも野菜は切れるし、鍋は洗えるだろうに。。。

それでも一応比国の実家には、現在13歳になる娘がいるということなので、子育ての経験はあるし、おそらく引きこもっているのは孤独のせいであろう。何かやることが見つかれば暇がつぶせて本人も嬉しいのではないか、という想像のもと、私は彼女の部屋のドアをノックし、娘たちの世話を頼んでみました。

答えは、「うん、まあ、いいよ。」 

そりゃ、断る理由なんてどこにも見つけられないでしょう。

とはいえ、24時間の自由を謳歌している方々にいきなりおかけするご面倒。私とて無料でお願いなんてずうずうしいことは申しません。というわけで、斡旋エージェントである兄4に、「心づけ」をお支払いして、兎にも角にもベビーシッターは確保したのでした。


続く。
# by lat1n | 2006-04-18 14:29 | ファミリー
夫の実家 その1(怠慢という言葉は彼らのためにあるのかも)

以前にもちょこっと触れましたが、我が家から車で15分ほどのところにある夫の実家には、

母(79歳)
兄その3(52歳・BBQ屋)+嫁(事務員)+子供3人(中1・小3・3歳)
兄その4(50歳・無職)+嫁(無職)
兄その5(49歳・無職・糖尿病治療中)+嫁(事務員)+子供2人(小4・小2)
弟(44歳独身・店員)

の計13人が住んでいます。年齢はすべて推定ですが、誤差があっても1、2歳のはずです。兄3・4・5はそれぞれ家族単位で一部屋ずつ占領し、弟は母の部屋で寝ています。

3と5の嫁はそれぞれ事務職で、子供たちの食いぶちや生活必需品をギリギリ賄えるほどの給料を稼いでいます。BBQ屋の兄3は、一応毎日定時に仕事に出てはいるのですが、あまり頭がよくないのでなかなか儲けにつながらず、魚の仕入れや機材・食器類などの購入はほとんど、嫁のわずかな収入から賄われているようです。(商売している意味がまるでありません。)

とはいえ各家庭の生活レベルについては全く私の関与すべき問題ではありません。ここで私がいつも不思議に思っているのは、一体誰が家のローンを払い、誰が電気・水道・電話料金を払い、誰が食料を仕入れてくるのか、ということです。わからない以前に、この家に住む誰にも、そこまでの支払能力がないのは明確だからです。いちばん下の独身弟はいくら稼いでいるのかは知りませんが、家にお金を入れられる程の余裕があるとはとても思えません。

その昔、我が夫がまだ独身で稼ぎもよかった頃には、すべてが夫の肩にかかっていたようですが、その彼も現在では一応自分の所帯を持ち、かつ尋常ではない額の借金もかかえているので、たまに母親にお小遣いをあげるくらいが精一杯です。

そしてこの家には、経済的問題よりももっと深刻な問題があります。それは、

80歳の母親を除く住人全員が、果てしなく怠慢である。

ということです。

母親が生涯専業主婦であった家庭の常で、我が夫を含むこの家の男達は全く家事をしません。中には料理がすごく上手な兄も何人もいるのですが、残念なことに現在はBBQ屋の兄3以外の誰も、その才能を使っていません。気が向いたときに兄4がフィッシュヘッドカレーを作るくらいです。

兄3・4・5の嫁たちは自分の部屋の掃除以外の、全ての家事を放棄。(その各部屋も、決して掃除好きとは言えない私の目にすらかなり「うわあ~。」な状態ですが。)浴場・トイレ・台所・居間その他の共同エリアの掃除は全て80歳の母が。

兄3と兄5の嫁はそれぞれの洗濯機を持っていますが、洗濯機を持たない母は、昔から洗濯おばさんに自分の分(と、今は亡き父)の洗濯を頼んでいます。でも、洗濯機で洗い終わった嫁たちの洗濯物を干すのも、取り込むのも母がやってあげているようです。

食料の買出しは兄3と兄4がしているようですが、料理は全て80歳の母。住人は食うだけ。さすがに自分の皿くらいは洗うみたいですが、鍋釜洗いは母。

書き出したらきりがありませんが、大体こんなところです。しかしこと掃除に関して言えば、足をひきずって歩く80歳の老女に、どこまでできるでしょうか。できるはずありません。ちなみにこの家には掃除機がないので、掃除はアナログ式です。そしてこれだけの人数が使いまくっているわけですから、結果:家中が「うわああ~~。」な状態です。

こんな家にあまり深入りするとろくなことになりそうもないので、私はなるべく見て見ぬ振りをしてきました。ところが先月のHFMDのおかげで、子供達がいつもお世話になっているナースリーも閉鎖になってしまい、ここ以外に預けられる場所もないので(涙)、まるまる1ヶ月、娘達はこの家で過ごし、私は初めてこの家の人たちと毎日顔を合わせ、その生活ぶりをじっくり観察することになりました。


続く。
# by lat1n | 2006-04-16 23:56 | ファミリー
行正り香(ゆきまさ・りか)ちゃん

行正り香さんという料理研究家がいます。近頃日本ではとても人気者らしいです。


実は料理研究家とは言っても彼女の本業は広告代理店のCMプロデューサー。ちなみにカリフォルニア大学バークレイ校政治学部卒業。そして2児の母。このようなバックグラウンドを持つ女性を、スーパーウーマンと呼ばずして何と呼べましょう。

しかしり香ちゃんの本からは、「デキル女」にありがちな、「私はがんばっているから、あなたもがんばりなさいよ」的押しつけも、「私はカッコイイのよ」的驕りも、微塵も感じられません。もちろん全体に、疑いようもない博識と、聡明さは溢れ出ていますが、そのエッセイには、読んでいてフッと微笑んでしまう温かさ、もしくは「プププ」と肩を震わせてしまうおかしさがいっぱいです。

肝心のお料理のほうはと言えば、これがまた、薀蓄てんこ盛りの料理本とにらめっこで準備に何時間もかけても、結局は自分の料理センスのなさに泣かされるだけの、自称史上最悪の料理人である私をして、「もしかしてこれなら出来るかも。。。」と思わせてくれる、簡単そうで、おいしそうで、かつオシャレなレシピ満載。そしてちょっとした工夫で、料理を「手早く、簡単に」するコツをたくさん教えてくれます。なんたって私が今回アマゾンで買ったうちの2冊は、「19時から作るごはん」「おうちに帰って、ごはんにしよう。」ですからね。こんな本を手にしてしまったからにはもう、「5時に仕事を終えて、子供達を迎えに行って、買物して、家に帰って、それから一体何が作れるっていうんだよう!」と、晩御飯の支度を放棄して外食に走ってばかりいるわけにはゆきません。

ところで史上最悪の料理人が何故、突然レシピ本購入に目覚め、かつその著者を「ちゃん」づけで呼んでいるかというとですね、行正り香ちゃんと私は、学生時代にバルセロナの語学学校でクラスメートだったのです。(ちょっと自慢。)そのクラスにはり香ちゃんと私を含めて4人の生徒しかおらず、お互いのホームステイ先が近かったこともあって、私たちは仲良くなり、授業の後は市街を散策したり、映画を見たり、週末にはバスや電車を乗り継いで近郊の町に小旅行に出かけたりしました。ほんの短い間でしたが、すごく賢くて、底抜けに明るくて、好奇心旺盛で、とても優しいり香ちゃんは、私にものすごく強いインパクトを残しました。

鮮明に残る思い出はいくつもあるのですが、ここで思い出話を始めると、有名人暴露本路線に行ってしまいそうなのでやめておきます(爆)。ちなみに本当の暴露ネタは、妹さんのちはるさんが「ちはるのお笑い日記」に書いています。こちらの方はお笑い日記というだけあって、お笑い日記です(笑)。

帰国後はお互い就職して忙しく、連絡が途絶えてしまったのですが、日本を出てからも私はCNNを見るたびに、り香ちゃんのことを思い出していました。というのも、り香ちゃんが「ニュースキャスターになりたいんだ。」と言っていたことがあったので、私は彼女が、いつかCNNの画面に出て来るはずだと信じて疑わなかったのです。り香ちゃんには当時からそれほど、「この人ならなりたいものに何でもなれる。」的オーラがありました。冒頭で「スーパーウーマン」と書きましたが、これが他の人だったら、「そんなこと、無理だろ~。」と、どこかに嘘があるに違いないと疑ってかかりますが、り香ちゃんならば、きっと可能です。そういう人です。

今回はたまたま、り香ちゃんが日本で料理研究家になっていると知リました。私の住んでいるところでは見られる日本のメディアはNHKだけなので、その活動の全てはわからないのですが、ネットで見る限りでも、大活躍されている様子。予想とは全く違うジャンルでしたが、「やっぱり、り香ちゃんはSOMEBODYになっていた!」と手をたたいた私です。

料理が好きな方はもちろん、とくに(私のように)苦手だと思っている方、いちどり香ちゃんの本を手に取ってみて下さい。きっと「おや?これなら私にも作れそう。」と思うはずです。(そういうことは実際に作ってみてから言えよ、とは言わないで、これから一緒に学習してゆこうよ。笑。)

# by lat1n | 2006-04-12 00:25 |
寄付というか

先週、小学校1年生の長女が、学校からこのような手紙をもらってきました。

『1年B組 保護者各位殿

去る3月16日に開かれましたPTA集会で、1年B組の教室の改装をすることが決定しました。天井・壁・ドア・窓枠を塗り替え、黒板をホワイトボードに変え、壊れた机と床マットを新調します。つきましてはこれらにかかる総費用RM1500 (45000円)を、保護者の皆さんに負担していただくことになりましたので、各自RM40ずつ、4月10日までにお持ち下さい。』

長女が通うのは、州政府運営の、ごくフツーの公立小学校。当然学費はタダです。一年間にかかる費用といえば、教科書代約RM100前後のみ。

の、はず、です。この突然の寄付は何なんでしょう。いやいや金額があらかじめ設定されているところ、寄付とは呼べません。強制徴収です。そのPTAなんとかは、いつも平日の午前中、専業主婦しか参加できない時間帯に開かれます。(まあ行ったところでどうせ全部マレー語なんで、私が行っても意味ないんですけど。)

RM40(1200円)といえば、RM1000以下の月収でやりくりしている家も多いこのサラワクでは、かなりの額です。スーパーのレジ係の日給をはるかに超える額ですから、日本の感覚にすると7-8千円くらいにはなるでしょう。もちろん現地採用の私にとっても、家族で外食してお釣りがくるほどの大金。そんな大金を、公立の小学校の教室の模様替えごときに、こんな手紙一枚で徴収、なんていうことがまかり通っちまっていいモンなんでしょうか。

更におかしいのは、この手紙は全校生徒の親宛てではなく、娘の通う1年B組だけなのです。

これではまるで、どこぞの奥さんがダンナさんに、「う~ん、この部屋なんとなく古びてビンボー臭くなってきたわねえ。ちょっと模様替えしたいからお金ちょうだいな、あなた。」って言うみたいじゃないですか。

私が見たところ、そりゃー古い学校なので、あちこちガタはきてますけど、そんなに差し迫って教室全体を模様替えしなければならないほどひどいコンディションには見えません。他のクラスと比べてみて、特にこの教室だけが痛みが激しいとも思えません。だいたい、公立の学校の教室の改装なんてものは、教育省の予算の範囲内で出来ることを、全部いっぺんにやるのが無理なら、少しずつ手直しするモノじゃないでしょうか。

それにそれに、今RM40払ったって、娘がこれから6年間、そのステキに模様替えした教室を使えるわけではありません。来年1月に2年生になったらそれまでです。

子供を公立小学校に通わせる周囲の人間に何人か聞いてみましたが、皆「そんな話聞いたことない。それはおかしい。」と言いました。この手紙を訳してくれたマレー人同僚も、同じ学校の卒業生なのですが、そんなことは在学中一度もなかったと、首をかしげました。彼女のお父さんは、長年公立学校で教師をやっていて、校長先生も経験しているそうですが、そのお父さんにこの話をしたところ、やはり「それは絶対おかしい。とんでもない話だ。」と言っていたそうです。

唯一、KL在住の日本人の友人(3児の母)が、私の質問メールにこんな返事をくれました。

『れべさん、寄付の内容、ガバメントスクールでは普通だと思います。おまけにひとクラスだけってのもよくあります。私たちにとったら納得いかないことばかりが、おこるのがガバメントスクールです。

これでお金を持たせて払ったところでレシートもないし、かといって全員払ったわけでもない。たぶん、お金に余裕がないうちとか、子供が親に手紙を渡さないような子供の家庭は払いません。こんなことがまかりとおってしまうのです。

マレー人の人の感覚からいうと、お金に余裕のある人が払えばいいわけで、余裕がない家は払う必要がないので先生も払わない人にはあまりプッシュしないようです。でも一年間の支払いRM130ぐらいでしょう。だったらがまんしないって感じです。それがいやな人は私立でもインターでも行かせてくださいってのが学校側の姿勢です。

この他こんなこともあると予想されます。

1.教室がきたないので掃除のおばちゃんを雇うから一人RM10(一年間分)ずつもってくる。
2.キャンティーンデイで先生がピザを売らなきゃいけないので一人RM50ずつもってくる。先生にもよるけど、最低一人RM20以上もしくは、お手伝いっていうのもあったよ。れべさん、日本人だから巻きすしを作っててなことにならないようにお気をつけください。結構よく聞く話です。
3.WALKATONをしながら寄付を集めるので一人RM50
4.クラスの男の子が窓を割ってしまったので一人RM2
5.フットサル参加希望者は、RM10
6.サイエンスセンターに行く(先生に選ばれた人)は、バス代RM7

納得いかないことばっかりでカリカリくることも多々ありますが、親が外人なため、マレーシアやマレーシアの学校の文句ばかり言っていると子供にも影響が出てくると思います。これからもずっとガバメントスクールに通わせるのであれば、ある程度のあきらめは必要です。』

さて、このうち3、5、6あたりは、学外行事の参加費なのでまあ仕方ないとして、一体この1、2、4っていうのは何なんでしょうか。教育省に、「修繕予算」とか「特別行事予算」とかいうのはないんでしょうか。

ご存知のように、「納得のいかないことには首を縦に振らない。」性質の私。この件について、教育省に問い合わせてみるとか、校長先生に話を聞きに行って見るとか、いろいろ考えましたが、こういう理不尽に対して私一人が立ち上がったところで、

どうせ骨折り損

なのがマレーシア。

夫の意見?はっはっはそんなモノは最初から当てにしてませんヨ。想像通りの反応でしたが。

「そりゃーRM40は高いけど、ごちゃごちゃ言ってもしょうがないから払っておきなよ。そう何でもかんでも白黒つけようとするなよ。」

(キーッ!!!!! ρ(`O´*)

本当は納得の行かないことのために、「しょうがないから」と、1銭も出すのは嫌なのですが、コムズカシイ親を持ったがために、学校で娘の立場が悪くなってしまってはかわいそう。けどRM40はちょっと行き過ぎだと思ったので、長女に担任に確認させたところ、「RM1でも、いくらでもいい。」とのことでした。だったら最初からそう言えよ~。結局半分のRM20だけ払ってみました。

しかしKLの友人の言うとおり、レシートもなければ、集金総額の報告も、その利用明細報告も、なにもありませんでした。やっぱりナットクイカネ~。n(ー_ー?) 小学生のお子さんをお持ちのマツムラ★さん、いかがでしょうか。


# by lat1n | 2006-04-11 14:16 | 東マレーシアって
手足口病 その後の経過

3週間前から閉鎖になっている幼稚園・保育園は来週もひき続き閉鎖、しかし小学校は4年~6年生は既に今週の始めから授業を再開しており、1年~3年生も来週再開します。

しかしいまだに毎日200人前後の発症が確認され、今日の時点で州の認定患者数は6,400人を超え、死者も既に8人出ています。それでも小学校を開校するのは、今のところ死者はすべて4歳以下の幼児のため、小学生はまず安全だろうという、見切り発車らしいです。

まず安全とは言っても、小学生は勿論、大人だってこの病気には感染するのです。そして感染しても発症しないためにそれに気づかず、ウイルスを幼児に移してしまう、ということもあるらしいのです。手足口病には何十種類ものウイルスがあって、そのうちの1つ、EV71という種のみが致死の可能性をもたらすものなので、それ以外のものなら死に至ることはない、ということなのですが、、、

死ななきゃいいってモンでもないよねえ。発熱・発疹・口内炎、どれをとっても、自分の子供がなったら困る!

州副知事は先週、幼児を公共の場に連れ出す親たちを、「なぜこの病気の恐ろしさがわからないのか、理解に苦しむ。」と、非難する発言をしました。確かに、この状況にあって、子供が熱を出しても少しも手足口病だとは疑わずに連れ出したり、また感染した子供を医者の証明書なしに学校に戻す親たちは非常識そのものだとは思います。

しかし無知な親や、健康な子供をちょっとショッピングに連れて行った親たちを非難する前に、ただ「清潔を心がけよう!」とバカの一つ覚えのように繰り返すだけでなく、症状が治まっても感染期間は更に2週間~5週間はあること、一旦かかってしまったら、ウイルスを撒き散らさないために外出を禁止させること、程度の警告は毎日流し、

しつこいですが、「せめて学校のトイレに石鹸を配置すること

くらいは徹底しろよ!と思うのは私だけでしょうか。

というわけで、私は1年生の長女を学校に戻すことにあまり気がすすみません。
# by lat1n | 2006-03-26 01:48 | 東マレーシアって
欠銭

これは恐らく、夜逃げした人の家に、借金取りが落書きしたものと思われます。

クチンではこのように立派な家に住む、それなりに羽振りがよさそうなビジネスマンが、突如消えることが結構多いのです。原因は、行過ぎたギャンブルに決まっています。それ自体は「ああ、またか。」的日常茶飯事なのですが、

「欠銭」

このインパクトに、やられました。
# by lat1n | 2006-03-13 13:50 | 東マレーシアって
手足口病 予防法は清潔

doramiさんオネエサンも話題にしているように、サラワク州では現在手足口病(Hand Foot Mouth Desease = HFMD)という伝染病が猛威を振るっており、昨日の時点で患者3,520人、死者5人。だいたい3年おきに流行するようですが、今日のうちにも、認定患者数が一番多かった2000年の3,560人を上回ること確実です。近年初めてこの病気が大流行した1997年には、患者数は2,628人と少なかったものの、発見&処置が遅れたためか、なんと30人もの小さな犠牲者を出しています。怖~い病気です。

というわけで今週の始めから暫定的に来週末まで、州のすべての幼稚園とナースリー(託児所)と、一部の小学校が閉鎖されています。ナースリー閉鎖はうちのような共稼ぎ夫婦には非常に頭が痛い。急に閉鎖になってしまったのでベビーシッターを探すこともできず、仕方なく夫の実家に預けています。(;;) 

マレーシア華人の配偶者をお持ちの方々が口を揃えて言うのに、「実家が不潔=近寄りたくない」というのがあります。我が家もしかり。どれだけ不潔か書きだすと、読者の皆さんのPC画面が汚れてしまいそうなのでやめておきます。娘たちにはタオルやら櫛やら、コップまで自分専用のものを持たせ、「シャワーのあと絶対に足拭きマット(たぶん3年くらい洗ってない)に乗るな!」「床に落とした食べ物(家なら洗って食べちゃう)は即捨てる!」などなどうるさく言い聞かせるしかありません。

それだけでなく、歯をみがいたそばからチョコレートやら飴やらをどんどん与えてくれるので困ります。朝からアイスを売ってる小学校の売店と同じくらい迷惑です。当然この家に住んでいるイトコたちは全員歯がボロボロ、ご飯を全然食べなかったり食べ過ぎたりするので、ヤセすぎているか太りすぎているかのどちらかです。余談ですが4ベッドルームのこの家には、

義母
義兄その三+嫁+子供3人
義兄その四+嫁
義兄その五+嫁+子供2人
義弟

の合計13人が住んでいます。どうやって寝ているのかは想像にお任せします。

ところでこのHFMDには有効なワクチンがありません。感染経由は飛沫・経口・接触。かかったら最後。予防法は清潔。というわけで、メディアは毎日「清潔にしよう!」と呼びかけていますが、全く意味ないです。というのも昨日、長女に聞いて初めて知ったのですが、どうやら彼女の通う小学校のトイレには石鹸がないらしいのです。宗教的習慣で、トイレットペーパーを使わずに大も小も、水と自分の指で始末する子が多いというのに、石鹸がないんですよ。そしてそのおともだちと手をつないだり、おともだちが手渡してくれたお菓子を食べたりしてるんですよ。ひょえ~~~~!(ムンクの叫び)

更に許せないのは、長女曰く、「でも先生用のトイレには石鹸あるよ。私たちは入っちゃだめだけど。」 やいやい教師ども、自分たちだけ清潔にして、子供たちの健康は2の次なのかーっ!

というわけで今日からは、抗菌石鹸を小さな箱に入れて持たせました。「いっしょにトイレに行くおともだちにも使ってもらいなね。」と。赤い網に入ったレモン石鹸が蛇口からぶらさがっていた日本の小学校が懐かしい。。。
# by lat1n | 2006-03-10 14:06 | 東マレーシアって
停滞。
早いものでデータ入力の仕事を始めて早3ヶ月が経ちました。当初の?(;_;?) ワケワカメ な状態からは脱出し、今は (~ ~;)ウーン 、と悩める程度になりました。すごい進歩ですね。(自爆)

実働7時間、PCスクリーンと、企業のアニュアルリポートとにらめっこしています。夢がないといったら、この仕事に勝るものはありませんが、単純作業とはいえそれなりに頭は使うので、不思議と眠くなったことは今まで一度もなく、1日が経つのがとても早いです。今まで毛嫌いしていた金融用語も結構覚えました。(しかし英単語を覚えた、というだけで、その意味はちっとも把握していません。笑。)

日本語→英語の翻訳のために雇われたのですが、そのトレーニングをしてくれるはずだった日本人が私が入社して2週間目に急に辞めてしまい、かわりにアメリカ本社から来るはずの要員も多忙らしくちっとも来ないので、今の今まで翻訳はひとつもすることなく、英語のリポートを読んで英語で入力しているだけなのです。楽チンだ~。当初死にそうに痛かった腰も、半分腰を浮かせるようにしてクッションに座ることでかなり緩和されました。

しかし7時間のあいだ、シニアスタッフに質問する以外にはほとんど口をきかないので、私の数少ない「売り」だった「コミュニケーションスキル」も確実に低下しているはず。半年もしたら電話1本満足に取れなくなり、1年したら貝になってしまうかも、、、とちょっと焦ってみたりしています。ヤレヤレドウスルカ ヽ(~_~ )ノ
# by lat1n | 2006-03-09 14:13 | 仕事
ワインといえば 大陸編

このところ連想ゲーム式に前回のネタから繋げていますが、オサレカフェとワインのお話をもうひとつ。

最近家の近くに、夫の友人のガールフレンドの友達、とやらの大陸中国女性が、ちょっとオサレぶったカフェをオープンしました。

そんななんちゃってカフェに無駄金を落とすのは嫌だったのですが、つきあいで一度だけ、夫の友人数名(すべて♂)と食事に行きました。出てきた料理は、この辺りではおなじみの、福建や潮州、福州や広東風料理とはちょっと違った、中国北部のものらしき得体の知れない肉だんご汁とか、硬くて冷たいギョーザとか、カチカチのフライドチキンとか、まあそんなモノでした。まあしょうがないです。もともと期待してないですから。

食後、オーナーの大陸女が、

男性客だけに

ワインをサービスしました。

「媚」光線をギラギラ発射する美人のオーナーに、男たちはメロメロ。ここで酒に関しては夫の20倍は飲む私が黙っているはずはありません。「うーん、ナイスワイン!」と顔をほころばせる夫からグラスを奪い取りました。

しかし私はそこで凍結しました。だって、

キンキンに冷えた赤ワインが
キンキンに冷えたワイングラスに


入ってたんだもん。デザートワインじゃないですよ勿論。酸っぱくて苦いテーブルワイン。中国ではビールがあまり冷えていないと椎名誠が言っていましたが、逆にワインは冷やすのねん。そこには果たしてどういう意図があるのでしょうか。酸味と苦味を増すためでしょうか。

私が媚女とメロメロ男たちを見回して、心の中で「おまえらみんなアホだね。」と毒づいたのは言うまでもありません。

# by lat1n | 2006-03-07 14:27 | B級食
中国留学者 その2

同期おやぢ↓のキョーレツな思い出の影に隠れてすっかり忘れてしまっていたが、その会社にはもう一人、中国留学経験者がいた。私が属していた課の係長サン。彼は、中国の前にアメリカにも住んでいたことがあって英語もペラペラ、穏和な人柄でなかなかの紳士だった。まだ20代後半くらいだったと思うが、既に結婚して妻子があり、赤ちゃんの話をそれはそれは嬉しそうにしてしまう、子煩悩パパだった。

その係長サンに、一度飲みに誘われたことがあった。品川の会社から、白金の彼の「行きつけ」の店までブラブラと歩いて行った。到着したのは巴里からそのまま引っ越してきたような、当時はまだ珍しかった半オープンエアのオサレなカフェ。さすが係長サン、品川周辺のコギタネー居酒屋専門の他のおやぢ上司とは違う~!

私は自分が何を注文したかはよく覚えていないが、彼は「僕はここに来るといつもワイン。」と、赤ワインをグラスで注文。そしてそれを半分ほど飲んだところで、彼はおもむろに、

ワインに水をつぎ足した。

「ほらね~、ワインって薄めて飲めるからお得なんだよ~。」

ううむ。。。妻子があるといろいろタイヘンなのだなあとシミジミしつつ、それ以上奢らせてしまっては申し訳ないと、仕方なく私も残り少なくなった自分のドリンクをチビチビ舐めるように飲んでいたのだが、お勘定が来たらしっかりワリカンであった。

なんだか割り切れない気持ちで帰りのバスに揺られながら、フトおやぢ同期と係長サンに見出してしまった共通点は、

「恥も外聞も捨てている。」

ことだった。

しかし、中国人が誘った部下に勘定を払わせることは(たぶん)ないだろう。彼のこの見事な割り切りは、アメリカ生活と中国生活の融合の結果だったのかも。。。

# by lat1n | 2006-03-06 13:50 | 回想
中国嫌い というか コワイ

昨日書いた記事、「10億ったって中国人しか話さないし~。」とか言って、もしや台湾に留学までして中国語を勉強なさったやんぴんさん哲平さんシャオさんに失礼だったかと、気になって眠れなくなってしまいました。勿論、中国語を学習されている(もしくは習得した)方々には、それを学ぶ理由があったはずで、中国語に限らず、どんな言葉でも習得することは良いことですし、中国語が話せることは間違いなく特殊技能で、仕事上でもアドバンテージになります。実際その中国語を使って活躍なさっているのは、本当にすばらしいことだと尊敬しています。というわけで、昨日の記事に、もしも気を悪くされた方がいましたらごめんなさい。

そういう私自身はどうかというと、94年からずっと中国系社会に身を置いてきて、チャイニーズと結婚さえしているのにちっとも中国語が喋れないどころか、チャイニーズに対して感じること、言うことはほとんどネガティブです。私をそうさせたのには、長年にわたって受けてきた仕打ち、というと大げさに聞こえますが、まあそれなりの理由が山ほどあり、それを今日書き始めたとしても再来年くらいまでかかってしまいますので、今日は最初のきっかけを。

大学を出て初めて勤めたエセ出版社の同期に、北京に一年留学したという男がいました。90年初頭の当時といえば、留学といえばまだ圧倒的にアメリカ。英語は一言も出来なかったけど、中国語ペラペラなそいつは勿論、注目の的でした。

「なんで中国に行ったの?」という問いに、そいつはこう答えました。

「ほんとはアメリカ行きたかったんだけどよぅ、金が足りなかったんだよな。そんで、じゃあどこにすっかなーと思って地図見てたら、中国って形がアメリカに似てんだよ。そんで中国。ワッハッハ!」と豪快に笑いました。

そいつ(「彼」という上品な三人称は、全く似合わないので、あえて「そいつ」。)が、私にとっては初めての「中国語圏」との接点だったわけですが、これがまた、同い年とは思えないおやぢ街道まっしぐら!な奴で、夏でも風呂屋には3日に一度しか行かないのでクサイし、一年を通じて一着しか持っていない背広は、クリーニングに出さないので股のあたりが黄ばんでいるし、歯は磨かないのでボロボロだし、会社にゲタ履いてくるし、飲みに行けば一人で焼酎一本空けちゃうし、とかなり強烈なキャラだったのです。

それでもなかなか楽しいやつだったので、嫌う人はいませんでした。こいつの場合は絶対的素養があったからそうなったにしても、日本人をこんな冗談みたいなキャラにしてしまう中国とは、そら恐ろしい国だと、私に「中国恐怖症」のモトを植えつけたのはこいつだったに違いないと、確信しています。

あれ、書き出したときのタイトルは「方言の認識」だったんですが、話が全然違う方向に行ってしまいました。方言についてはまた後日。
# by lat1n | 2006-03-03 14:16 | 雑談
漢字レッスン by 王子

「これから世界は中国語!アメリカでもマンダリン(普通話)を習う人がすごく増えているんだ。僕もいつも友達の中国人や台湾人とマンダリンで会話しているよ。」と得意げな王子。親は福建&客家とはいえ、彼は中華小学校に行ったので、マンダリンが話せて当然である。

私が長女をマレー語学校に入れたことが気に入らないらしいが、中華学校を選ばなかったのにはそれなりの理由もあるし、私に言わせりゃ10億人が使う言葉といったって使ってるのは中国人だけで、中国語が近い将来世界の共通語になるはずはないのだし、外国人に中国語の重要性を説く前に自分たちが英語勉強しろよな中国人!と思うのだが、まあそういうことを言い出すと更に興奮しそうなのでやめておく。私としてはどうせ2週間しかいないんだからその間にアメリカン・イングリッシュをちょっとでも仕込んでもらいたい思うのだが。

さてそんな王子が、長女に漢字を教えていた。一応彼女も中国語を学校で週1時間と、午後のtuition で勉強することはしているので、少しは喋れるし、「一、二、三」とか(四になるとアヤシイ)、「人」とか「日」とか、ごくごく簡単な漢字はいくつか書ける。

そこで王子が長女のノートに書いた漢字をチラと見たところ、

・ 「木」の縦棒が、ハネていた。→ 「亅」
・ 「火」の書き順が違っていた。→ 左の点、人、右の点の順
・ 「水」の右ヘンが、バラバラに離れていた。

「あんた、6年間習ってそんな字も満足に書けないのかい。」と言いたいところをグッと飲み込み、「それは~、そうじゃなくて~。」と訂正すると、

いいんだよこれで。漢字にはいろんな書き方があるから、人によってハネや書き順も違うんだ。」と言いよった。

こういうことを堂々と言えるキミは、やはり激しくアメ人化している。そしてこういうアメリカン・チャイニーズ(王子の場合はアメリカン化したマレーシアン・チャイニーズだが)によって、中国語もどんどんナンチャッテ化してゆくのだろう。

# by lat1n | 2006-03-02 14:16 | ファミリー
小学校の売店

うちの長女は今年の1月から小学校に通い始めた。マレーシアの公立学校は半日制(教室&教員数が足りないためらしい)で、長女のように午前の部だと、朝は7時前後から、午後12時半くらいまで。学校によって始業時間が違い、また曜日によって終業時間も違う。

お昼には終わってしまうので、当然給食もお弁当もないのだが、午前10時から20分位、休憩時間がある。その間に各自持参した簡単なスナック(おやつ)、校内のカンティーンで売っているちょっとした麺やチキンライスなんかを買って食べることができる。うちの子も最初のうちはそのチキンライスが珍しくて食べたいというので、小銭を持たせていたが、さすがに2週間ほど食べ続けたらすっかり飽き、更に1年生のくせして、使わなかったお金で、必要もないしょーもない文房具を買ってみたり、教会の献金用に持たせた20セントで飴ちゃんを買ってしまうという悪行に走ったので、今は一銭も持たせていない。

ところでこのカンティーン、忙しくて毎日のおやつの準備がタイヘンな親には有難い存在、、、と思いきや、とんでもなくメーワクなのである。というのも、スナック菓子や飴玉や炭酸飲料や、ひいてはアイスキャンディーまで売っているのだ。駄菓子屋が学校の敷地内にあると思ってもらえばよい。

家では「おなかが痛くなるからダメ!」と言って、午前中には絶対に与えないアイスや、炭酸飲料を、学校で朝から売っている。子供はうれしいだろうが、親には大メーワクなのだ!私がお金を持たせなくても、どういうわけだか毎日クラスメートが買ってくれちゃうらしい。長女は怒られると思って黙ってるけど、洗濯した制服のポケットからお菓子の袋がポロっと出てきたり、また別の子のお母さんから、「今日、○○ちゃんが、お宅の子とうちの子にアイス買ってくれたらしいわよ。」ってな形で私の耳に入ってくる。まさか全てのクラスメートの親に、「うちの子には何も買わないで下さい。」と電話してまわるのもナンだし。

カンティーンは学校が営業しているわけではなくて、外部の業者がやっているから、何を売ろうが学校には無関係、っていうことなのかも知れないが、それ以前に、教師に、「朝も早よから6歳の子供にアイスやコーラを与えるのが良いことでない。」という自覚がないに違いない。なんたって、インスタントラーメンを毎朝子供の朝食に与える親も多い国だからね。。。ハテどうしたものか?
# by lat1n | 2006-02-24 14:30 | 東マレーシアって
王子来たる

さてさて今年もやって来ましたヨ~。王子(義弟=夫の双子の弟)が。

双子とはいえ、身長と顔の一部を除いては、性格も趣味も、全てが夫の対極にある義弟。唯一「似てるなあ。」と思うのは、ぽか~んと口を開けてテレビを見ている時だけ。

そんな彼は例年、「たかが2週間の里帰りになぜそこまで巨大なのが必要か?」と誰もが不思議に思うほど巨大なスーツケースを持ってきます。中身はほとんど全て衣装です。いやさすがにステージに立つために里帰りするわけではないので、舞台衣装じゃなくて普段着なんですが。

・スーツ2、3着。
・シャツ10枚くらい。
・パンツ10本くらい。
・私にはどれも同じに見えるが実は微妙に違うらしい白いTシャツ10枚くらい。
・いつ見ても真っ白な下着、数不明。
・ビーサン2、革サンダル4、革靴2、計8足の靴。
・サングラスやアクセサリー、数不明。

彼の2週間分の衣料、私の所有する全ての衣料より多いです。あはは。当然これらの持ち衣装に、滞在中にこちらで買うものがどんどん追加されるわけです。そして私は、彼が前の年と同じ服を着ているのをほとんど見たことがありません。

あと今回、彼が大事に機内持ち込み手荷物で持ってきたのは、軽く3kgは下らないエスプレッソマシーン+変圧器。それからクチンにはない、スタバのコーヒーパウダー1kg。。。うちではローカルコーヒーをプランジャーでいれるのが精一杯なもんで、物足りなかったんでしょうねえ。

そしてはるばるLAから到着した翌朝だというのに、出勤&通学する私たちに合わせて早起きし、自慢のマシンでおいし~いカプチーノを淹れてくれました。おお~、自宅で誰かにコーヒーを淹れてもらうなんて何十年かしら(;;)。弟じゃなかったら(そして彼がg○yじゃなかったら)とっくに惚れてるかも。。。


# by lat1n | 2006-02-22 14:10 | ファミリー
バレンタインついでに

昨日、「バレンタインと母の日には花を買ってくれるな。と言ってある。」と書きましたが、よく考えてみたら結婚してから一度だけ、夫に花束をもらったことがありました。

あれはたしか結婚したばかりの年だったかなあ。2月14日、昼間ひとりで家にいたら、当時のクチンでは珍しかった、大輪の百合やらなにやら、大ぶりな花がいろいろ入った豪勢な花束が届きました。今でもそうだけどその年は格別に貧乏だったので、「うわあ夫ったら、こんなことしてくれちゃってタイヘ~ン!」と喜んだのも束の間。

花束についていたカードには、「ダイアナへ。I love you. キアンより。」と書いてありました。キアンは夫の友人で、ダイアナはその奥さんです。

その花束を前に「ハテ?」と悩んでいると、さっきの花屋が「すいませ~ん!配達先間違えちゃった~。」と戻ってきて、キアン→ダイアナのと全く同じ、でも今度は夫→私へのカードがついた花束を置いて行きました。車の荷台には全く同じデザインの花束が山と積まれていて、ちょっと覗いたみたところ、他にも2、3組の友人夫妻の名前が見えました。

帰宅した夫に事の真相を尋ねると、どうやら友人の一人が酔狂で始めた、「今年限りのバレンタイン花束即席ビジネス」に乗り、つきあいで買わされたらしいということがわかりました。

そこであっはっはと笑い飛ばし、納得して喜び直すほど、当時の私の心は単純ではありませんでした。

「心のこもっていない贈り物なら、贈らないほうがマシ。」

だから私も、義理チョコすら夫にはあげないのです。アレ?ソレハチガウ?(笑)

# by lat1n | 2006-02-16 14:19 | 雑談
Valentine's Day 2006

この日にウキウキ、ワクワク、ドキドキしたのははるか昔。

doramiさんは、なんとバレンタインにドラ焼きを焼いたそうですが、皆さんはどのように過ごされましたか?

私はこんなでした。

1. ランチタイムに、会社(私の勤務先は、ショッピングセンターの上階にあります。)の下の文房具屋で、子供用のために中国製水彩絵の具を買った。

2.オフィスに戻って開けてみたら、12色のうち青色がガチガチに干からびていた。

3.帰り際、交換してもらおうと文房具屋に寄った。同じ中国製のに交換したくなかったので、韓国製のにしようと思ったが、韓国製は文字が全部ハングルで、水彩なんだかポスターカラーなんだかわかりゃしなかった。(マレーシアの文房具屋には水彩絵の具よりポスターカラーの方が圧倒的に多い。)だから商品交換の代わりに返金してもらうことにした。

4.しかし店員は、予想通り、「ダメ!返金できない!」と憮然として言った。例の韓国製絵の具を指して、「これは水彩!これにしなよ!」と言うので、「なんで水彩ってわかるの?」と聞くと、「みんな買ってるから。」と堂々と言ってのけた。ふ~ざけんな~。アホ店員相手に時間を無駄にしたくはなかったので、いつもの「マネージャーを呼べ。」で決着をつけ、返金させた。

5.余韻でムカつきながらエレベーターに乗ったら、ものすごおおおく嬉しそうに花束をかかえた女の子が乗ってきて、少し和んだ。(^^)

6.しかし帰途、歩道いっぱいに陣地を広げた即席花売りがいて、そこを通るには歩行者が車道に降りなければならない、という理不尽さ&花売りの無神経さにムカつき、売り子を怒鳴りつけた。相手は英語が全然わからないらしく、花を買ってくれるとニコニコして近づいてきたら怒鳴られて、「ハテ(・・)?」な顔をしていた。

(こんなことはマレーシアじゃあ当たり前で、普段は「しょーがねーなー。」と諦めるのだが、昨日の私は特に虫の居所が悪かったようだ。)

7.夕食は'Ah Ling チキンライス' 。トリ骨と格闘している最中に、フト思い出したように、'Happy Valentine' と握手を差し出す夫に更にムカついた。おまけに「あー今日も忙しくてさ~、すっかり忘れてたや~。」と言い訳をかます。何も言わないで忘れてくれていたほうがよかった。

(大体私は「バレンタインと母の日には、バカ高い花を買ってくれるな。」と普段から言っているし、趣味の全く違う夫から恐ろしく悪趣味なプレゼントをもらうのを何より怖れているので、プレゼントなんかは期待しないのだが、トリ屋で握手とは。。。)

ああなんと殺伐としたバレンタインよヨヨヨ、、、と我が身を嘆きつつ就寝。

8.いつもどおり朝5時に起床して携帯の電源を入れると、KLに転職した親友(♀)から、このようなメッセージが入っていた。

'A raindrop may look small to the eyes but somewhere a thirsty flower awaits its fall. An SMS may seem small to many but somewhere a heart remembers you.'

「ひどく小さく見える雨粒でも、どこかにそれが落ちてくるのを待っている花がある。SMS(携帯メッセージ)はちっぽけだけど、どこかにあなたを忘れずにいる心があるっていうことだからね。」

いや~和んだ和んだ。ありがとう~。Happy (belated) Valentine's Day!

# by lat1n | 2006-02-15 14:30 | ファミリー
刊行停止

やはり↓の'Sarawak Tribune'は、出版法違反で無期刊行停止になりました。61年の歴史を誇るサラワク最古の新聞です。

昨日、「編集者のクビ(建前上は辞職となってますが、実際はクビです。)も仕方ないやねえ。」みたいなことを書きましたが、関連記事をいろいろ読んでみたら、この夜勤編集者レスターはどうやら憐れなヤギちゃんらしい、ということがわかってきました。

昨日あたりのニュースでは、「責任は、勝手に記事を書いて校閲にすら出さず出版したこの編集者に全てある。」というようなことが盛んに言われていました。レスターがこの記事を書いた夜には、彼と一緒に8人ものムスリム人編集者が仕事をしていたが、そのうちの誰もレスターの行動には全く気づかなかったとか。そんな馬鹿な。。。新聞の編集ってそんなに単純で孤独な仕事なんですかね?私がやってるマイナーな会社の金融データ入力ですらしっかりエディターがついて、スペルミスの1つ、余分なスペース1文字分ですら見逃さないっつーのに。

レスターは全国版の新聞社のインタビューで、「ちゃんとシニアエディターに提出した。」と告白しているのですが、シニアエディターは、「そんなモン見ちゃいないもんね。」とシラを切っています。連帯責任なんて冗談じゃない!ってとこですね。

この新聞社の最高責任者のひとりでもある、エディトリアル・アドバイザー氏も、「とにかく責任はレスター1人だもんね!」と言い切っています。社をあげてレスターを血祭りにあげ、ムスリム従業員を必死にかばおうとしているのが見え見え。ところでこのエディトリアル・アドバイザー氏は、州知事の首席秘書官という、タイヘン高い地位にある人。。。そう、かばわなければならないのは、自分のお○り。

(日本語なのをいいことに、言いたいこと言ってますが、こんなことを書いていることが州政府にバレたら、即刻強制退去になりかねません。危険を冒しているなあ我ながら。あっはっは!)

しかしもし仮に、レスターの告白が真っ赤な嘘だったとしても、本当に彼がたった1人で記事を書き、それが誰の目に触れることもないままに印刷に回り、販売に至ったとしたら、そんな驚愕的にお粗末なシステムを許していたという点で、マネージャーの責任が問われるはずでは。「フランスって」によれば、同様にこの風刺画を掲載した France Soir では、編集長が解雇されたそうです。回教国でもないフランスで、ですよ。だいたいマネージャーってそのためにいるんじゃ。

私としては今後の展開がけっこう楽しみですが、たぶん「サラワクらしい」「マレーシアらしい」結果にもみ消されてしまうんだろうなあ。。。

# by lat1n | 2006-02-10 14:31 | 東マレーシアって


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